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日常~第3話~

始業時間にはまだ少し早いが、男は山積された仕事について今日自分が何を行なうべきかの計画を立てることにした。これは一見面倒な作業のように思えるが、仕事の優先順位や仕事量などがある程度明確になるため、作業を行なううえでかなり有効的なのである。そんなその日の計画があらかた決まったところで、後ろから肩を叩かれた。振り向くとそこには部長が立っていた。そんな部長の顔を見て男は思った。
「この表情からすると、あまり良い話ではないな」
こうした思いはどうしたわけか良く当たるものなのである。そして、部長から告げられたことは、
「実は緊急、しかも大至急、大急ぎの仕事があるのだが、それと同様の仕事を私は2件も抱えてしまっていてどうしても手が回らない。この仕事だけ引き受けてくれないかね。君なら大丈夫だろう」
そう言われて男は思った。
「おっと、部長。いくら部長でもそいつは聞き捨てなりませんぜ、つまり、こういうことでありやすか、自分は別の仕事で手が回らないが、お手隙のあっしならこれくらいの仕事はできるだろうと、そうは問屋が卸しやせんぜ。確かに部長ほどではありやせんが、あっしだっててめぇの仕事が山積しているでございやすよ。決して、お手隙なんかじゃぁございやせん。ごめんこうむりやす」
などと、またいらぬことを考えていたのが仇となったのか、部長は後ろ手に手を挙げながら、
「それじゃぁ、頼んだよ」
と言い残して、立ち去ってしまった。男は一瞬放心状態になってから我に返り思った。
「えっ、ええ~っ、引き受けたことになってる?この仕事、俺がやるの?えっ、どういうこと?」
そういうことである。こうして、先ほど男が立てた計画は水泡に帰すのであった。男は口には出さずに叫んだ。
「俺はやるなんて言ってない。それなのに無理矢理押し付けるなんて、これは今社会問題ともなっているパワハラというものじゃないのかよ」
それは逆恨みというものである。部長は引き受けてくれないかと尋ねた、それに対していらぬことを考えて黙っていたことで部長は了承したと理解したのだ。ビジネスのうえで、何も答えないのは承諾したことと同等というのは常識とまではいわなくても、暗黙の了解みたいなところがある。それくらいわからぬ年齢でもあるまい。それをパワハラなどと言われたのでは部長もたまったものではない。男は浅く椅子に座り、背もたれの頂部に後頭部を預け、椅子の座部が底辺、背もたれが高さ、自らの体が斜辺となる直角三角形を作るような恰好で天井を眺めた。さすがの男もこれには天を仰いだのである。そんな顔を上から、
「どうも~」
と覗かれ、男は椅子から転げ落ちそうになった。男は怪訝な顔で、
「なっ、何ですか、急に」
「どうやら、厄介なものを押し付けられてしまったのではないかと思いましてね」
と、部長から渡された資料を指さして言った。
「それが何か」
「大至急の仕事という割には片手間で出来る仕事量ではないですからね、私も少しお手伝いさせてもらおうと思いましてね」
思いがけない申し出に男は思った。
「これはありがたい。こういうのを捨てる神あれば拾う神あり、若しくは、渡りに船というのだろうか。いずれにしても願ってもないことだ」
彼は同じ社内で働いているのだが、別の地域を担当しているチームに属しているため、普段はあまり絡みがないが、男の会社がいくつかの部署に分かれているようになっているのは、担当地域ごとのチームにわかれているのである。担当地域が違うだけで行う作業自体はあまり変わらないため、余分な説明等も不要である。しかも、彼は社内でも仕事が出来ると評判の男である。彼は男から資料を受け取ると、ある部分を抜粋し、
「ここからここまではひとまとめになっていて区切りが良いので、これを私が行ないますよ」
資料の三分の一程度を引き受けてくれた。男は申し訳なさそうに、
「ありがとうございます。本当に助かります」
「お互い様ですよ。さっさと片付けてしまいましょう」
そんな彼を見て男は思った。
「この男は俺より二つ、三つ年下のはずだが、なるほど、噂に違わず出来る。おまけにこうしたことに対して、恩着せがましさや嫌味が一切ない。それに比べて俺は・・・俺だよ。俺は俺のやるべきことを精一杯やっている。それの何が悪いのだ。大体からして何でいちいち比べられなければならないのだ」
別に悪くはないが少なからずの競争心は持っていたほうが良いのでは。それに誰も比べていませんよ。そもそも比較の対象になっていませんから、比べられてると思うことのほうがおこがましい。男は疑問に思ったことを何気なく聞いてみた。
「ところで、何故この仕事が大至急だということがわかったのですか」
「実は部長、あなたにお願いする前に私のところにも来たのですよ。私以外にも何人かに断られたらしいですよ。そこで、あなたに白羽の矢が立った。仕事の内容を知っていたものですから、引き受けてしまったあなたが何となく気の毒に思いまして、微力ながらお手伝いさせていただいたというわけです」
男は考えねばならなかった。
「何?俺以外の人にも頼んでいただと?ということは・・・まっいっか。それより彼の言う通りこの仕事をさっさと片付けることが先決だな」
普段はあれやこれやといらぬことばかり考えているくせに、こういうことになると考えが及ばないのだから何とも都合の良い男である。それとは別に、男はふとあることを思い出した。
「そういえば、家の鍵」
そりゃそうでしょうね。それは気になると思いますよ。でも、ここは気持ちを切り替えて。私の思いが届いたのか男は改めて、
「お気遣いいただきありがとうございます。それではよろしくお願いします」
「はい、頑張りましょう」
と言って、さわやかな笑顔を残して去って行った。それからしばらくして、彼のパソコンから彼が引き受けてくれた分の仕事が終わったとのメールが届いた。男は思った。
「やはり、仕事が出来る人というのは、何をやってもスマートだ。こうしたメールをくれることでいちいちこちらから確認する手間を省いてくれる。彼は仕事だけではなく見た目もスマートだ。身長が高くスラッとしている。しかし、細身という印象ではない。顔も少し面長なところがあるが、全体的に統制が取れていてキリッとしている。属に言う、イケメンというものである。おまけに清潔感もある。とても同年代とは思えない。仕事が出来て、背が高く、イケメン。さぞかしモテ・・・はしねぇか。天は二物を与えずというからな」
それはそうですが、あなたに比べれば三物も四物も持っているように思えるのは私の気のせいなのでしょうか。そんなことを思いながらも男は謝礼のメールを返した。すると、すぐさま返信が来た。男はその返信の内容を読んでプッと吹き出してしまった。そのメールの内容は、
「なんの、なんの」
しかし、男が吹き出してしまった本当の理由はこのメールを読んで、
「なんの、なんのって、一体、何の、なんの、なんのだよ」
という咄嗟に思いついたくだらない駄洒落になのである。どうやら自己評価はかなり甘いようである。自らの駄洒落によって勝手に親近感を覚えた男は思った。
「なんの、なんのなどという言葉を使っているようじゃ、やっぱりモテはしねぇな」
一体、何の(なんの)関係があるのだろうか。何はともあれ、彼の協力により何の前触れもなく、それこそ本当に急にこうむった大至急の仕事を終えることができた。男はその旨を部長に報告すると自分の席に戻り、一度大きく伸びをして、さて、これからが仕切り直しだという時に、後輩の男性社員から声を掛けられた。
「すいません。この間お願いしておいた企画の件、どうなっていますか。そろそろ先方とも煮詰めた打ち合わせをしたいので出来ていればお預かりしたいのですが」
男はちょっと待ったというように軽く右手を挙げて、
「すまん、実は朝一から仕上げに入ろうと思っていたのだが、部長から大至急の仕事を頼まれてしまって、今その仕事が終わって一段落したところだから、これからすぐに取り掛かるつもりだからもう少し待ってくれないか」
「そうでしたか、それでいつ頃になりそうですか」
「おそらく今日中には何とかなると思う」
「わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく」
男は両手で顔を拭くような仕草をして溜め息交じりにこう思った。
「ふぅ~、あっぶねぇ、すっかり忘れてた」
そんなことだろうと思った。まぁ、こうしたことは誰にでも起こり得ることであるから仕方がないとしても、これからすぐに取り掛かるつもりなどとよくもまぁそんな口から出まかせを言えたものである。兎にも角にも、このことに気付かせてくれた後輩の社員に男は心の中で感謝した。
「よくぞ声を掛けてくれた。こう言っちゃなんだが、君してはお手柄だよ。後輩よ、ナイスプレイだ」
何故、素直に感謝できないのか。しかも、ただ感謝していると一人で勝手に思っているだけのことに一言多いというのはどうしたものか。そんなことまるで気に掛ける様子もなく、独りよがりに、
「ナイスプレイか、うん、いい響きだ」
確かにいい響きではあるが、ナイスプレイをしたのはあなたではなく後輩社員なのである。
「ナイスプレイ」
「スプレー?先輩、白?」
「スプレーじゃねぇよ」
なんだかそんな会話が聞こえてきそうである。といったところで今回は失礼させていただきます。この間、ある休日にどこかに行く目的で家を出て自転車を漕ぎだしたところで、どこに行くつもりだったのか忘れてしまいました。これとは別に買い物に行って買うべき物を買い忘れてしまう。あれって、一体何なのでしょうか。全くもって自分に自分で腹の立つ限りでございますが、そうしたことも、もう少し楽しめたらなどとも思っています。それでは、また次回。


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