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日常~第4話~

「いやいや、一時はどうなることかと思ったが、後輩から絶妙なタイミングで的確なパスを受けたからには、ここで鮮やかなゴールを決めなくては男が廃るというものだ」
いやいや、既に廃れ切っているのでこれ以上廃れるところなどないように私には思えるのだが、私の思い過ごしだろうか。そんな私の思いをよそに男は、
「フンッ」
と、鼻を鳴らした。男は肘掛けに右肘を付き、右手の人差し指と親指の間に顎を預け、潜むような微笑を浮かべた。
「後輩からのパスを胸でワントラップした後、相手ディフェンダーのスライディングをかわしてからの右足での華麗なボレーで相手ゴールの左端上段に見事なゴール。実況アナウンサーの、
『ゴォォォォォォォル』
という絶叫と、スタジアムを揺るがすほどのサポーターの歓声が聞こえてきそうだぜ。って、違うだろ」
えっ、何が。とも思ったが考えてみれば全然違うのである。仮に妄想だとしてもよくもまぁ、こんなに都合のいい妄想が出来るものである。それでも、自分でそのことに気付いたのだからそれはそれで良かったのかもしれない。男は右手の人差し指を立て、左右に振り、
「チッチッチッ」
と舌打ちをして、
「全くもって何にもわかっちゃいねぇな。だから、おめぇさんは駄目なんでぃ」
おっと、これは私への駄目だしのようです。そうなんですよねぇ、自分の事は自分じゃわからない。ましてや悪いところとなればなおさらというものです。さて、私のどこが駄目なのか、ご指摘、しかと賜りましょう。
「そもそも、この企画は奴(後輩)が主体で進めてきたものだ。だったら、ここでゴールを決めるのは俺じゃあるめぇよ。奴からのパスに更に磨きをかけて差し戻して、見事なアシストを決めてやろうじゃないの。でっけぇ花を持たせてやるぜ」
どうやら自らの駄目だしだったようですね。それにしても粋なところもあるのですね。見直しました。ずいぶんと自信がお有りなようですが、後輩の足を引っ張るようなことにならなければ良いのですが。
「よしっ」
と、気合を入れるように言うと、男は後輩の企画を最優先に改めて計画を練ることにした。あらかたの計画が立ったところで、男は壁に掛けられた時計に目をやった。時刻は午後十二時半を指していた。
「正午半(しょうごはん)、どうりで腹が減ったわけだぜ。昼飯が俺を呼んでるぜ。正しいご飯の食べ時だってな」
こうしたくだらない駄洒落に時には感心させられてしまうのだから、いやはや何とも。男は立ち上がると両手を腰に当てて一つ頷き、
「部長から頼まれた仕事も彼が手伝ってくれたおかげで思いのほか早く片付いたし、奴の企画のほうもある程度目処が立った。となれば、今日はカレーで決まりだな」
一体、何がどうなればカレーなのか、そう考えたところで、私の知り得るところではなさそうです。男は会社を出ると近所にある昔ながらと言わんばかりのいかにも町中華という佇まいの中華料理屋に入った。店内は四人掛けのテーブル席が二つと、カウンターに五つの席があるだけのこじんまりとした店である。壁には白地に赤の縁取りがされた短冊に書かれたメニューがずらりと貼られていた。その中には男の目当てのカレーライスも書かれていた。そして壁の中央付近に吊るされたホワイトボードには、この日のサービスメニューが書かれていた。サービスメニューはAセットとBセット、Aセットはラーメンと半チャーハンで七百八十円、Bセットは味噌ラーメンと餃子が三個と半ライスで八百五十円、どちらもリーズナブルな価格である。というより店内の全てのメニューがリーズナブルといってもいいくらいである。どうやら店は老夫婦が経営しているようである。おかみさんが、水とおしぼりを持って、
「いらっしゃい、何にしますか」
と尋ねると、男は特に迷う様子もなく、
「Aセットをお願いします」
と、事も無げに言ったのである。えっ、カレーで決まりと言っていたのはどこのどなたですか。まさか、お忘れになった?にわとりですか?まぁ、店に入ったら急に食べたいものが変わるというのはよくあることなので別にいいのですが。店内には二十インチ程のテレビが設置されていて、お昼のワイドショーが流れていた。そこでは、ゲストのコメンテーターと専門家が学校のいじめ問題について討論していた。その番組に目をやり、男はどこか感情的に口には出さずに呟いた。
「また、カステラ一番かよ。だいたい、カステラってのは気心知れた仲間で集まって、
『あっ、やっちった。また紙と一緒に焼き目の部分が取れちったよ。この焼き目と一緒に食べるのが一番うまいのによ』
『ははっ、バカだな。あっ、やべっ。俺もやっちった』
とかなんとか言いながら、わいわいがやがや食べるのがカステラの醍醐味じゃねぇのかよ。まったく、カステラが泣くぜ」
カステラ?はぁ~、もう何が何だか。一体この男は何に憤りを感じているのやら。どういう理由があるのかは知らないが、確かにカステラには焼き目の部分に乳白色の和紙のようなものが付けられている。そして、焼き目を残してこの紙だけを取るというのは至難の業なのである。だが、カステラの醍醐味について私からも言わせてもらうなら、その紙と一緒に取れてしまった焼き目を紙から歯で削り取って食べるのもカステラの醍醐味ではないだろうか。そうこうしている間にAセットが運ばれてきた。目の前に置かれたラーメンと半チャーハンを見て男は、
「うん、これぞ中華のセットの王道。しかもラーメンにはなるとも付いている。完璧だ」
と、子供のように目を輝かせた。両手を合わせて、
「いただきます」
と、小声で言ってから、まずチャーハンを一口食べて男は、
「うーん」
と、唸った。その一口を噛みしめる様に味わうと、
「うっ、うまい。最近のチャーハンは多様化し、様々な進化を遂げてきたが、どんなチャーハン好きでもおそらく最終的に辿り着く味、これぞチャーハンという味。数々のアレンジはこの味を超えるものではなく、越えられないこの味をごまかすためのもの、結局、この味は出せないのである。しかし、こうした挑戦がいつしかこの味を超えるチャーハンを生み出すのだろう。俺は、これからのチャーハンの未来に大いに期待する」
何を偉そうなことを、あなたのコーヒーのこだわりからすると、私の作ったチャーハンでもうまいというのではなかろうか。だが、老舗のチャーハンにはどこか真似の出来ない美味しさがあるのも確かである。そんなチャーハンに舌鼓を打った男は、更なる期待を胸にラーメンへと箸を進めた。まずは、スープを一口飲み、続けて麺を啜る。口に入れた麺を食べ終えると天を仰ぎ、
「あぁ~」
と、思わず声が漏れてしまった。
「何なんだこれは、あのチャーハンを食べた後のこのラーメンに対する期待値は俺の中での最高値に達していたにも関わらず、その期待を裏切らないこの味。見た目からすれば、見た目通り、想像通りの味なのだが、その想像を遥かに超えてくる味。今更ながら、ラーメンとは何かということを思い知らされる味。このラーメンとあのチャーハンの味が同時に味わえるこのラーメン、半チャーハンセットというのはやはり中華の王道セットだ。そして、このセットを選んだ俺の感に間違いはなかったということだ」
一体、カレーはどこに行ったのやら。とはいえ、ラーメンと半チャーハンのセットというのは中華セットの王道であることに違いはないので、是非ともこのまま残っていてもらいたいと切に願うばかりです。そんなラーメン半チャーハンセットに感動したのも束の間、男はカウンターに肘を付き、右手でチャーハンのレンゲをもてあそびながら、宙を見つめて思った。
「それにしてもなぁあ~、家の鍵」
忘れられませんよね。カレーの事はすっかり忘れてしまったくせに。ですが、そのことが忘れられないあなたに何故だか少しほっとします。と、いったところで今回は失礼させていただきます。暑くなってきましたね。近年の暑さにはどこか恐怖を感じてしまうほどです。どうか皆さん、体調管理には気を付けていただき、ご自愛なさってください。

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