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   とある国の山奥に住む民族に纏わる伝奇

 我々人類が誕生したのは現在から約五百万年前とされる説が有力とされています。しかし、この物語はそれよりも更に千五百万年前、現在からは約二千万年前の話である。舞台となる、とある国の山奥は当時、周囲が山脈に囲まれた盆地のような地形であり、標高は三千メートルを超える高所である。山脈の裾野に広がる平野からこの盆地に行くには、山脈のいずれかの山を越えなければ辿り着けない辺鄙(へんぴ)な場所なのである。周囲の山脈はどれも六千メートルを超える山々であり、これまでこの盆地に植物以外の生物は存在しないと考えられていた。長い年月を経て、地殻変動などにより周囲を囲っていた山脈が分かれたことにより、現在では当時盆地であった場所に行くことが可能になったのだが、植物以外の生物は存在しないと考えられていたため、現在まで人類が足を踏み入れることはなかったのである。しかし、ある登山家たちがこの盆地に続く山脈への登山に挑み、この盆地をベースキャンプとして利用した際、ある洞窟を発見したのである。興味本位で中に入ってみたところ、洞窟の奥には奇妙な壁画、というよりは文字のようなものが描かれていたのである。登山家たちは急遽登山を中止して下山し、考古学に詳しい博士のいる大学にこの事実を告げたのである。この博士を中心に国の内外を問わず、大学や学会からこの分野の専門家たちが集結し、盆地の洞窟の調査が開始された。まず、壁に描かれた壁画(文字)はどのような材質のもので描かれていたのかを調べるために、いくつかの標本が採取された。そして、その周囲からは何らかの動物の骨らしき化石がみつかり、合わせて持ち帰り、あらゆる分析が行なわれた。その結果、驚くべき事実が判明したのである。壁画(文字)を描くのに用いられていたものは炭、木炭であることが確認されたのである。更に驚くべきことは、周囲にあった骨の化石は現在から約二千万年前のものだということが判明したのだ。その後、洞窟内での発掘調査が進められ、収集された化石から洞窟内で発見された生物の全体像が浮かび上がったのである。それは、我々人間同様に二足歩行をし、頭部の化石は我々人間と類似していたことから、かなりの知能を持っていたと推測されたのである。だが、驚きはこれでは終わらなかった。頭部こそ我々人間と類似しているが、体つきはまるで異なり、胴体に対して足が以上に短く、逆に腕は以上に長い。そして、手足共に指先は鋭い鉤爪状になっている。その骨格から哺乳類であることは間違いなさそうであると結論付けられた。しかし、この生物は我々人間やオランウータンのような人科の動物ではなく、現在生息する生物の中で最も近しいと思われる動物は、なんと、ナマケモノであるということが判明したのだ。当時、この場所は周囲を山脈に囲まれ、この場所自体も標高で三千メートルを超える高所であろことから、我々人間同様に二足歩行をし、優れた頭脳を持っていたとしても、体は全体が長い体毛で覆われていて、見た目は獣そのものであったと推測された。この事実に専門家たちは一様に唸りを上げた。仮にこのような生物が存在したのであれば、高所であるうえに、山脈に囲われているという劣悪な環境でなければ、おそらく、とてつもない文明を気付いていたのではないかと容易に想像されるからである。何故ならば、彼等は言語を使用していた可能性が非常に高いからである。専門家たちは一様にその想像を振り払ったが、化石はこの生物の存在を明らかに物語っているのであった。これは、そんな御伽噺(おとぎばなし)のような民族に纏(まつ)わる伝奇である。この時代は新生時代と呼ばれる時代で、現在から約二千万年前の時代である。当時、地球環境は温暖な環境にあり、多種多様な生物が存在していたといわれている。そうしたこともあり、どの生物にとっても生存しやすい環境にあったため、現在生息する生物と比べると体の大きな生物が多く存在していたのである。しかし、この伝奇に登場する民族は生活圏が高所にあったからなのか、我々人間と比べてもかなり小柄であり、大きな個体であっても身長にしてせいぜい一メートル程度であったと思われる。現在のナマケモノと比べると、ほとんど差のない大きさである。この、とある国には、この洞窟が発見される前から延々と語り継がれる物語がある。そして、その物語が今回の発見により真実味を帯びてきたのである。その物語とは・・・

なんでもそこは、一年を通して寒い環境にある高い山の中であったそうな。そのためか、樹木や草花などもあまり生えておらず、生息する動物は昆虫なども含め、限られたものたちだけであった。そんな過酷な環境の中にあって、一際異彩を放つ生物がいたそうな。その生物たちは二本足で歩き、互いに何やらの言語を使い意思の疎通ができたという。そんな彼等の食料は主に木の実や草花の球根であったり、僅かに生息する昆虫であったそうな。もちろん、それらを生で食べていたのである。過酷な環境の中にあるので、木の実や球根なども多く存在するわけではなく、昆虫は短い雨季が過ぎた後の僅かな期間以外はほとんど姿を見せなかったのである。では何故、彼等がそんな環境の中で生きていけたのかというと、彼等は樹木や草花を栽培、つまり、耕作を行なっていたのである。環境が環境なだけに、そうした作物を他の生物に狙われることも少なく、いわばここは、彼等にとってはユートピアだったのである。ある日、彼らがいつものように作物の世話をしていると、普段から風の強い場所ではあるのだが、その日はいつにも増して、いや、異常なほどに強い風が吹き、危うく飛ばされてしまいそうになった彼等は近くの樹木にしがみついたり、岩陰に隠れたりして風が止むのを待った。彼らが耕作を行なっている場所は他の場所に比べて樹木が密集している。そのため、強風により樹木の枝同士が激しく交錯した。また、雨季以外の時期は空気が乾燥している状態が続くことも重なり、枝と枝が擦れ合う摩擦により樹木に火が付いてしまった。俗にいう、山火事である。もちろん、彼等が火を見るのはこれが初めてである。初めのうちは枝の高いところが燃えているだけだったので、彼等はその様子を不思議そうに眺めていた。やがて、彼等の前に火の付いた枝が落ちて来た。彼等の一人が興味本位でその枝に手を伸ばし、それが熱いことに気付き、このままここにいたら危険だと察し、仲間にここから離れるように指示をした。火に手を伸ばした一人が先頭に立って走り、この盆地の唯一の湖というよりは池といったほうがよいほどの水辺へと向かった。火が熱いことに対して冷たい水は自己の防衛になると本能的に感じ取ったようである。池の周りは少し開けているため、火の手が迫る危険も少ない。彼等はこの火事に未だ気付いていない仲間もこの水辺に集めた。とりあえず、火の手から逃れることはできたが、彼等に火を消す術はなく、木々の燃える様子を呆然と眺めていた。現在の時間にしたら一昼夜ほど経って火はようやく収まってきた。彼等の中から三人(三匹)の男(雄)が勇敢にも焼け跡を確認しに向かった。しかし、三人の足も途中で止まってしまった。炎は収まったとはいえ、未だに黒煙が立ち上り、ところどころが赤く燻ぶっているのである。三人は顔を見合わせ、その中の一人が三人の中で一番体の大きい男に向かって、
「おい、お前ちょっと行って見て来い」
体の大きい男は二人の顔を交互に見て、大きく首を左右に振った。それを見て、行けと命じた男が、
「ンバ、お前なら大丈夫だ」
もう一人の男が相槌を打つように、
「うん、大丈夫だ」
ンバと呼ばれた男は困ったように顔をしかめて、
「大丈夫って、何が大丈夫なんだよ。そんなこと言うならケトゥ、あんたが行けばいいじゃないか」
ケトゥと呼ばれた男は、
「何だ、せっかくお前に皆の気を惹く機会を与えてやろうと思ったのに、わかった。お前が行かないなら俺が行こうじゃないか」
すると、もう一人の男が、
「だったら、俺に行かせてくれ」
ケトゥは男に向かって頷き、
「そうか、ムカ。行ってくれるか」
ムカと呼ばれた男が頷き、焼け跡に向かって歩き出そうとした時、
「ちょっ、ちょっと待った。やっぱり俺が行く」
と、ンバが身を乗り出して来た。二人はンバからは見えないように顔を見合わせ、ニッと笑った。ンバは、言ってしまった以上、引くに引けなくなってしまい焼け跡に向かって歩き出したが、あわよくば止めてはくれまいかと懇願するように振り返ってみたが、二人は両手を高々と上げて振ったり、力こぶを作り、その力こぶを叩いて見せたりした。ンバの淡い期待は見事に砕け散ったのであった。ンバは半ばやけくそとばかりに胸を張り、大手を振って、大股で歩き出した。勢いに任せて歩き出したンバに向かって風が吹いた。その風は焼け跡のほうから吹いてきた風で、火事の熱気と灰と火の粉を纏ってンバに吹き付けた。ンバは、両腕で顔を覆って庇ったが、庇い切れずに灰は口や目に入り、腕には火の粉が付いて、その熱さによりンバはその場で地団駄を踏み体を回転させた。そして、恐怖のあまり小便どころか糞までも漏らしてしまったのである。まさに、やけくそである。その様子が滑稽だったのか、二人はンバを指さしながら腹を抱えて笑った。どうやら、この民族も笑い過ぎると腹が痛くなるようである。ンバはまた、二人に懇願の目を向けたが、二人は追い払うかのように両手を前に出し、前後に振った。また風に吹かれでもしたらたまったものではないと、ンバは身をかがめて歩いた。焼け跡にに近づくにつれ、熱気は激しさを増し、煙により息苦しさを感じ、何だか辺りが歪んで見えてきた。ンバは、コホッ、コホッと噎(む)せながら、これ以上近づくことは危険だと、ンバの本能がそう告げていた。ンバは息を止めて、一目散に駆け戻った。二人のもとまで戻り、両手を両膝について、ゼェー、ゼェーと息を弾ませるンバに向かってケトゥは、
「そんなに慌ててどうした。一体何があったんだ」
まだ呼吸の整わないンバは、目に涙を浮かべながら首を振った。すると、ムカが、
「それは一体どういうことだ。あそこは一体どうなっていたんだ」
ふぅー、ふぅーとまだ荒い呼吸を無理に整え、ゴクッと唾を飲んで、
「あそこはヤバい」
ケトゥは怪訝そうに片眉を吊り上げて、
「ヤバいとは、どうヤバいのだ」
ンバは、二人の顔を交互に見て、
「あっ、熱いんだ」
ハッと二人は一瞬呆気に取られた後、頭を抱えて天を仰いだ。ケトゥは無理に自分を落ち着かせるように、目と目の間を押さえて首を左右に振りながら、
「なんだよ、そんなの初めからわかってたじゃねぇか。だから、俺たちは池まで逃げて来たんだろうが」
そう言って、はぁー、と大きなため息をついた。ムカがンバの肩を叩きながら、
「なぁ、熱い以外に何か感じたことはねぇのか」
ンバは、ブルブルと首を振って、
「ねぇよ、だって、ほんと、ヤバいくらいに熱いんだぜ」
ムカはうんざりするようにうな垂れて、
「おめぇに聞いた俺が馬鹿だったぜ」
ンバは、はははっと笑って、
「そうだよ、俺に聞いたあんたが馬鹿だってことだ」
なんだと、とンバに掴みかかろうとするムカをケトゥが手で制して、
「確かに、こいつに行かせた俺たちが悪かったんだ。今度は俺たちが行ってくる。ンバはここで待ってろ。わかったな」
ンバが頷くと、ムカは、フンッと鼻を鳴らして、
「俺たちが戻ってくるまで絶対に待ってろよ。勝手にみんなのところに戻ったりするなよ。あれや、これや聞かれたっておめぇじゃ答えられねぇんだから、馬鹿にされるだけだ。いいな」
ンバは、不本意気に、ああ、と答えて、
「でもよ、本当にヤバいから二人とも気を付けてくれよな。あと、風が吹くともっとヤバいことになるから、身をかがめて行ったほうがいい」
二人は無言で頷き、後ろ手に手を上げて、焼け跡に向かって歩き出した。風が吹くとヤバいことは、先ほどのンバを見て百も承知のことであった。二人は先ほどンバが来た辺りまで来ると、あまりの熱さと息苦しさに、コホッ、コホッと噎せながら顔を見合わせて頷き、ンバと同様に一目散に駆け戻った。ンバのもとまで戻ると、ムカは体をかがめて、ケトゥはその場にへたり込み、ゼェー、ゼェー、はぁー、はぁーと息を荒げていた。そんな二人に向かって、
「どうだった、何かわかったのか」
ケトゥもムカも、ちょっと待てというように手を前に出して広げた。段々と息が整うと、ムカは体を起こし、ケトゥは立ち上がった。それを待ってンバは、
「で、どうだった」
と、興味深げな目を向けた。二人は一度顔を見合わせて、
「あっ、熱かった」
と、同じ言葉を呟いた。一瞬、えっ、と目を見開いて、
「ちょっ、ちょっと待てよ、それだけ」
ケトゥが怪訝そうな表情で、
「それだけって、おめぇ。あれは、熱いなんてもんじゃない。ヤバいくらいに熱いんだぞ」
「そんなのわかってるよ。もっと、他のねぇのかよ」
ムカがンバに鼻が付くほど顔を寄せて、
「いいや、おめぇは何もわかっちゃいねぇ。あれが、どれだけ熱いと思ってるんだ。だったら、おめぇが行ってみろ」
「さっき行ったよ」
と、ンバが事も無げに言うと、
「おっ、そうだったか。そりゃぁ、おめぇ、夢でも見てたんだろう。もう一回、行って来い」
はぁー、と顔を歪めて、どんぐりの背比べをする二人に向かって、
「つまらねぇことで争ってんじゃねぇ。まったく、おめぇらは情けねぇな。一体、何のために行って来たんだ」
ムカとンバは同時にケトゥに顔を向けて、
「あんたが言うな」
と、同じ台詞を吐いた。ケトゥは、フッ、フッと怪し気に笑って、
「おめぇら、なかなか良い事言うじゃねぇか。まっ、そういうことだ」
二人は、んっ、と顔を見合わせて、まさか、あまりの熱さにどうかしてしまったのではないかと、
「おい、ケトゥ。熱でもあるのか」
「それとも、腹が痛いのか」
と、やいの、やいの言いながらケトゥを揉みクシャにした。ケトゥは二人を振り払うように腕を大きく広げて、体を振るった。
「どこも悪くねぇよ」
言いながら、跳ね退けるように二人と距離を取り、腕を組んで、フンッと鼻を鳴らした。そんなケトゥの様子を呆けたように見ながら、ンバはムカに向かって呟いた。
「なぁ、ムカ。どうやらケトゥは馬鹿になっちまったようだな」
やはり、呆けたようにケトゥに目を向け、ああ、と頷いて、
「信じたくはないが、そのようだな。皆に移っても困るから、ケトゥには気の毒だが、洞窟に入ってもらうしかねぇな」
それはまずいと思ったのか、ケトゥは二人を真っすぐに見据えながら、ゆっくりと後ろに退った。しかし、ケトゥが退ったのは逃げるためではなかった。ある程度二人と距離が出来たところで立ち止まり、キェーッと奇声を上げて二人に向かって走り出し、勢いそのままに両足で二人に飛び蹴りを喰らわした。右足がンバに、左足がムカにまともに炸裂して、二人は一メートルほど飛ばされて地面に転がった。転がったい勢いを利用して二人は肩膝立ちに体を起こして身構えた。視線をケトゥに向けたまま、ムカはンバの状況を確認した。
「おい、ンバ。大丈夫か」
やはり、視線をケトゥに向けたまま、
「ああ、大丈夫だ。そっちは」
「俺も大丈夫だ。だが、こうなった以上、何としてもケトゥを洞窟に送らねばならない。力を貸してくれ」
「言われるまでもねぇよ。けど、いくら馬鹿になっちまったとはいえ、ケトゥは村一の手練れだからな、まともにいったらこっちが危ねぇぞ」
「おう、だから、二手に分かれて挟み撃ちにするのよ。ただ、同時に掛からねぇとだめだから、ある程度近づいたら合図を出すから、そしたら一気に詰め寄るんだ。わかったな」
「それを今、俺が言おうとしてたんだ。おめぇこそ、しくじるなよ」
「ここで俺たちが張り合っててもしょうがねぇだろ。準備はいいか、いくぞ」
「おう、いつでもどうぞ」
ムカが近くに転がっていた小石をケトゥに向かって投げた。それを合図に二人はケトゥの左右に分かれて走った。ケトゥは、投げられた小石にも、二人の行動にも動じずに、仁王立ちで立っていた。左右に分かれた二人は、それぞれがケトゥの気を引くために蛇行しながら慎重に近づいて行った。あと、五、六歩近づけば間合いに入るというところまで近づいたところでムカが宙で、パンッと手を叩き、それを合図に二人は一気に間合いを詰めた。それと同時にケトゥが二人に向かって両手を開き、大きく一歩退った。ケトゥの手には砂が握られていたのである。その砂を二人の顔を目掛けて投げつけたのである。砂で視界を奪われた二人は慌てて止まろうとしたが間に合わず、お互いに体当たりをしてしまった。真っ直ぐにケトゥ目掛けて走っていたため、見事にお互いの額をぶつけて、二人の目には火花が散り、仰向けに倒れた頭には星が回っていた。挟み撃ちという二人の策略を巧み利用した見事な返り討ちであった。二人が正気に戻るのを待って、ケトゥは腕を組んで二人を見下ろし、にぃーっと笑って、
「ざまぁねぇな。これでわかったろ。馬鹿はおめぇらだ」
二人は体を起こし、面目なさそうに頭を掻いた。ケトゥは顔を綻ばせ、フッと息を吐くと、二人の肩をポンポンと叩いて、
「よし、皆のもとに戻るぞ」
そう言って、二人の背中を押した。三人が戻ると、群衆からは、
「さっきのは、一体何なんだ。喧嘩じゃなかったのか」
だの、
「遊んでいただけなのか」
などという、三人を嘲笑するような声が上がった。そんな群衆をかき分けて一人の男が前に出て来た。その男は、三人に一人ずつ目を向けて頷き、
「で、向こうはどうであった」
三人は、ギョッと目を見開いて、僅かに身を引き、お互いの顔を見合った。そして、ンバとムカはお前が説明しろとばかりに、ケトゥを両脇から前に押し出した。一瞬の隙をつかれて押し出されたため、ケトゥの必死の抵抗も虚しく、ケトゥの体は群衆の前に躍り出ていた。ケトゥは、こうなってしまっては仕方がないと開き直り、右の拳を口元に添えて、コホンッと咳払いをしてから、
「ああ、皆の者。まずは結論から言うとだな、あそこは危険なところだ。いや、危険なんてものではなく、ヤバいところだ。初めは勇敢にもンバが一人で偵察に行った。戻って来たンバからヤバいとの報告を受け、今度は私とムカが偵察に向かった。ンバの報告を私たちは半信半疑に思っていたのだが、現地を見て、それが事実であることを思い知らされることとなった。あそこはとにかくヤバいところだ」
すると群衆から、
「ヤバい、ヤバいって、一体何がどうヤバいんだ」
「そうだ、そうだ。何だ、何か化け物でもいたのか」
「ちゃんと説明してもらわないとわからないじゃないか」
という野次が飛んだ。それを前に出た男が手で制して、
「うむ、皆の言うことも最もじゃ。一体何がヤバいのか、きちんと説明せい」
ケトゥは群衆をゆっくりと見渡して、
「それは私より、初めに最も衝撃を受けたンバから説明させよう。ンバ、頼む」
いきなり自分に振られたンバは、えっ、ええーっと体を震わせ、おっ、俺、というように自分を指さした。二人は、そうだというように目で頷き、ケトゥはンバの手を引いて前に引きずり出した。無理矢理前に出されたンバは渋々群衆に向き合い、頭を掻きながら、ははっ、はははっ、と苦笑した。脂汗を浮かべて、もじもじするばかりでなかなか話し出さないンバに痺れを切らした群衆から、
「どうした、何とか言え」
そうだ、そうだ、という怒号が飛んだ。ンバは、まるで甲子園でエラーをした阪神の外野手のような気分であった。そう言われてもと、ンバは助けを求めて二人を振り返ったが、二人は、冷たく首を振るばかりであった。ンバは胸の前で手を組み、おお、神よ。と天を仰いで、こうなればやけくそだとばかりに胸を張って大きく息を吸い込み、まるで毒でも吐くかのように群衆に向かって、
「皆の者、少し落ち着け」
と、大声を張り上げた。これには、群衆はおろか、前に出た男も、後ろにいた二人も怯んだ。ンバは、更に深呼吸をして、一度深く目を閉じ、ゆっくりと目を開けると、群衆を睨みつけるように見て、
「良いか、皆の者。良く聞くがいい。皆は一体何がヤバいのかと聞くが、あそこはとにかくヤバいところなんだ。このことを話せば皆に恐怖を与えてしまうかもしれない。我々はそう考えて、我々三人だけの秘密にしようと決めたのだ。知らないほうが良いということもある。それでも、皆の者はあそこがどんなところか知りたいと言うのか」
そう言い切って二人を振り返ると、二人も、うまいことごまかした、良くやったというように頷いていた。だが、
「そんなの当たり前だろうが、それを俺たちに知らせるためにお前たちはあそこに行ったんじゃないか」
「そうだ、お前のくだらない能書きなんかどうでもいいんだよ。俺たちにわかるように、ちゃんと説明しろ。一体、何のために行ったんだ、まったく」
と、更に群衆からの怒号は膨れ上がった。予想外の反応にンバがたじろいでいると、前に出た男が両手を大きく上下に振って群衆を宥めた。そして、ンバに優しい微笑みを向け、
「ンバよ、お前の気持ちはわからんでもない。じゃが、良いかンバよ。皆とてお前同様にここで生きている者たちじゃ、そんなにやわではない。勇敢な仲間たちじゃよ。だから、きちんと説明してやってくれんか」
ンバは困ったような表情で男を見つめ、
「テぺがそう言うなら」
と、答えたものの、何と説明して良いのかわからず、二人に目を向けると、もう俺たちには手に負えないというように、ぶるぶると全身を震わせて否定した。上手く切り抜けたつもりが、逆に火に油を注ぐ結果となり、いよいよ追い詰められたンバは、やけくそを通り越して、最早(もはや)悟りの境地にでも辿り着いたかのように、その顔からは一切の表情が消えていた。その姿は何とも神々しく見えた。しかし、実のところンバは、もう何も考えられなくなってしまっただけであった。まさかとは思うが、悟りや無の境地とは思考が停止した状態をいうのではないか。しかし、考えて見れば人は生きている以上常に何かを考えている。その思考が停止するということは、はっ、いかん。まんまとンバの術中にはまるところであった。だいたいからして、彼等は人かどうかもわからない存在なのである。そんなンバをテぺは崇高な眼差しで見つめ、そっとンバの肩に手を添えて、
「さぁ、ありのままを話してやってくれ」
無表情のままンバは頷き、まるで誰かに言わされているかのように、
「皆の者よ。どうか、どのようなことも驚かずにお聞き願いたい」
群衆は固唾を飲んでンバの次の言葉を待った。先ほどまでの怒号が嘘かのように、群衆の唾を飲む、ゴクリ、という音が聞こえてきそうなほど静まり返っていた。その時、ンバの額に何かが落ちて来た。ンバは額を手で拭い、それを見てンバは我に返った。ンバの額に落ちて来たものは鳥の糞であった。ンバは、自分の手に付いたものを見るなり、
「うわっ、汚ねぇ」
と、手をブンブンと振った。静まっていた群衆からは波のような笑いが起きた。そんな笑いの渦の中から、
「いつまでも、もったいぶってるからそうなるんだよ」
「それにしても、相変わらず馬鹿だな。そこまでの馬鹿にはおめぇ、なろうたってなれやしねぇぞ」
「まったく、おめぇって野郎は立ってるだけで面白ぇんだから、ある意味、羨ましいぜ」
はっはっはっはっという巨大で立体的な文字が宙に浮かんでいるような笑いに群衆は包まれた。すっかり、いつもの自分に戻ったンバは、群衆のあまりの笑いように、カチンときて、一度大きく息を吸い込み、
「うるせぇ」
と、持てる限りの声を張り上げて怒鳴った。その声は群衆の笑いを消し飛ばし、その顔からは一瞬にして笑顔が消えた。辺りは気まずい緊張感に包まれた。言葉を失い、放心したようにンバを見つめる群衆を見渡して、
「いいか、さっきも言ったが俺は皆のことを思って話さずにおこうと思っていた。だが、おめぇらはどうしても知りたいようだな。だったら、教えてやろうじゃねぇか。後になって、聞かなきゃ良かったなんて言ったって遅ぇからな。覚悟しておけよ」
ンバは振り返り、ケトゥとムカに目を向けた。二人は両手と首を大きく振り全身で否定したが、ンバはニヤリと笑って肩をすくめ、群衆に向き直り、
「いいか、おめぇら。聞いて驚くなよ。いや、驚きすぎて小便漏らしたりするんじゃねぇぞ。あそこはな・・・」
自分で言っておきながら、焼け跡に行った時のことを思い出した。自分は小便どころか糞まで漏らしてしまったのである。そんな自分のことは棚に上げて、ンバは、出し惜しみするように唇の端を吊り上げて、フンッと鼻を鳴らした。その潜むような笑みに群衆の額には汗が流れ、体は硬直し、固唾を飲んだ。ンバは、一度目を閉じ、ゆっくりと開けて、
「あそこは、とにかく熱い。以上だ」
一瞬、呆気に取られた群衆は誰からともなく我に返り、
「そんなことは初めからわかってらぁ。俺たちのこと馬鹿にしてるのか」
「あの場所で作っている食料はどうなんだ。また、あの場所で作ることができるのか」
「それによっちゃぁ、俺たちの命が掛かっているんだ。ふざけるのもいい加減にしろ」
といった罵声が、まるで焼け跡の熱風のようにンバに襲い掛かった。見かねたテぺが皆をせいして、ケトゥとムカに目を向けて、
「こやつでは埒が明かん。お前たちから説明してやってもらえぬか」
ケトゥとムカは互いに顔を見合わせて、冷や汗を流しながら、ははっ、はははっと苦笑いをしながら頭を掻いた。テぺが後ろ手に手を組んで、ゆっくりと二人のもとに近づいて来た。そして、二人の顔を交互に見て、
「あの馬鹿が皆を挑発したものだから収拾がつかなくなってしまったぞい。ここは、お前たちの口からちゃんと説明してやらんと収まりがつかんじゃろ。別に皆だってお前たちを攻めようなどとは思っておるまい。ただ、心配なだけじゃ。あの場所でもう一度食料を作ることができるのか。駄目なら駄目で良いのじゃ。それがわからなければ動きようがないだけじゃ。わかってくれるか」
テぺの穏やかな眼差しを受けて二人は頷いたものの、一体何をどう話して良いのかわからず、お互いにお前が話せと押し付け合った。パンッ、と手を叩いてテぺが二人の争いを制して、
「よし、ここはケトゥ。お前が話してくれ。大丈夫じゃ、お前の言葉なら誰も疑うまい」
ケトゥは、ゲッと半身を引き、ムカはほっと胸を撫で下ろした。
                                  作 ケリメスク・ベンシュナー
                                  訳 権浄閣 葉 (けんじょうかく ば)

今回の投稿には本文の内容について場所や時代背景についての説明を省いてしまうとわかりづらくなってしまうため、少々無駄とも思える説明が長くなってしまったことについては誠に申し訳なく思っております。そして、何よりも申し訳なく思うのは、毎回そうでありますが、本文の内容に特に意味があるわけではないということです。この文章をお読みいただいている皆様は本文もお読みいただいたことと察しまして、誠に感謝申し上げます。今回はどことなく中途半端な終わり方になってしまったこと、合わせてお詫び申し上げます。本文の内容に特に意味があるわけではないので、この物語の続きがあるのか、ないのか、私にもわかりませんが、最後までお読みいただいた皆様には改めて、深く感謝申し上げます。 ありがとうございました。   

飯島


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